ぶんしょうのれんしゅう

あーもうわかったよ、あうとぷっとすればいんでしょ

通貨と仮想通貨の違いを考える

今や仮想通貨バブルなんて描いていて、物の価値ってなんなんだろうということを最近考え始めている。

聞いた話では、ブロックチェーンという技術は本当に画期的なもので、それ自体は素晴らしいものらしい。

そして、マイニングをしなくてはいけないという性質からも通貨との相性はいいらしい。

逆に、通貨以外でマイニングのインセンティブを生み出す事は難しいらしい。

最終的にその使われ方は正しい使われ方だとしても、今の状態は果たして理想的な状態であるのかというと疑問符が浮かぶ。

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通貨とは経済学では「価値の尺度」「価値の保存」「交換の手段」という3つの機能を持っているらしい。それに改めて考えてみると、仮想通貨が果たして通貨と言えるものなのかとさらに疑ってしまう。

価値の尺度にはまったくならないし、価値の保存も疑わしい。今でこそ相場が上がり続けているから保存はできている部分はあるが、それはまさに一時的なものであり、尺度がないからこそ保存することも難しい。交換の手段としてはわりと最近になって使える場所が増えてきたのでこれからなのかなぁと思う。しかしまだまだ及第点には至っていないという所感だ。

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そう考えると、通貨というのはすごく難しい。

それを保証している国の力だとか、国際情勢だとかいろいろなものを加味してそれぞれの通貨の価値が変わっていく。そういう意味では通貨も、仮想通貨も同じではないか。しかし、いくら円とドルの為替が変動したとしても、ハンバーガーは100円だし1ドルだ。そのコミュニティーの中ではやはり一定の尺度として有用なものがその地に根付いた通貨である。そうして考えてみると、確かに仮想通貨で支払いすることができる場所は増えているようだが、仮想通貨だけで絶対的な尺度をもって支払うことはまだ日本ではできていない(と自分の観測範囲内で思い込んでいるが違うのか?)。例えばとある家電が10万円します。現時点でのビットコイン為替相場で日本円10万円分のビットコインで支払いができます。というのが今のビットコインでお支払いといわれているものでしょう?とある家電を、0.1ビットコインビットコインで固定の値段にしているわけではないでしょう?そうしてみるといよいよビットコインを保障する何かが何なのか気になってくる。どんな弱小な通過でも、その地に根ざしたものの尺度としては有効となる。

しかし一方仮想通貨では、どんなにその価値が大きくなろうとも、実際の物の価値とと紐づかないというのは変わらないだろう。だからこそ仮想通貨を通過としてみなすのには少し自分は違和感を感じてしまうのだろう。あれは通過ではなく、株などの投資の類と思ったほうがいいかなと。Cryptocurrency